車を持つことで得られるステイタス

トヨタの代表的な高級車種がクラウンであったころ、国民的女優吉永小百合さんのナレーションで「いつかは、クラウン」という思わせぶりな台詞が流されていたテレビコマーシャルを昨日のことのように思い出します。
同時にその頃トヨタは、「車は走る凶器です」というセンセーショナルなコマーシャルも流し続けていました。

 

良きにつけ悪しきにつけ、日本のモータリゼーションが勃興期を過ぎてもまだ成熟期には至っていなかった当時は、ユーザーの側にもクルマに対する思いが交錯していた時代です。
車のハンドルを握るということは、交通事故の被害者になるより加害者になる可能性が高いというダーティな側面があることを理解しておかなくてはなりません、とトヨタはカーメーカーの立場で車という商品の特殊性を社会に訴えたともいえます。

 

その一方で「いつかは、クラウン」という品格の高いCMを流し、車を持つことで得られるステイタスを社会的地位向上と同化させ、消費者の心を揺さぶり続けました。
結局、まだ道路が未整備で事故も多かった時代でも、ステイタスの象徴としての車は事故の恐怖を上回る勢いで消費者に受け入れられ、免許取得者は競ってオーナードライバーの道を辿って行くようになり、その頂点がクラウンだったのです。